自分も2040年くらいのVRを考えてみる

2040年くらいのVRをかんがえる – GOROman – Medium

という記事を読んで、前々から、こうなるだろうと、想像していたことと一致する部分と一致しない部分があったので、書いていこうと思います。

 

一致する部分

・VRの解像度とかもう肉眼と同じ。区別が困難に

・現実が不便になる

・多分この頃になるとVRとかARとか誰も言わなくなる。今「インターネットやってます!」とか言わないのと同じ。当たり前というか空気となる

 

VRの未来の話になると、VR上に、仮想的な国家が生まれるみたいな話になるんですが、僕は、それは通過点で、その先には、おそらく、1人に対して、1つ以上の世界が構築されて、それぞれが、理想的な人生を仮想世界上で歩んでいくと思います。

結局、仮想的な国家となったとしても、上下関係(国家の創造者とそこに暮らす人)や勝ち負けの競争(仮想的な国家同士の人の奪い合い)が生まれて、現実とそこまで変わらないと思うし、自分としては、嫌だなと思います。

 

その世界は、自分以外がすべてAIで作られた現実と区別がつかない仮想世界で、自分好みの人間をAIが学習して、自動生成し、それらと交流することで現実の孤独感が薄れ、理想的な自分好みの恋人もAIが作ってくれて、何人と浮気しても怒られない。(怒られるパターンを作っても良い。)現実に浮気する人が激減して、週刊誌のネタとして役立たなくなる。

その仮想現実で実現したいことを、自分好みの難易度で実現できる。

それによって、現実を生きることの生きづらさみたいな言葉がなくなる。

ただ、 少子化が今以上に進む。

 

大部分の人はベーシックインカムで働かず暮らし(労働は趣味。労働という概念がほぼ消える)、ほとんどの人が、最低限の衣食住以外(逮捕された齋藤正章氏によると、それらもタダ同然になると予測している)、お金もほとんど使わない。お金を使うことの大部分は仮想上で実現できるので、お金(仮想通貨も含む)を持っている人と持っていない人の格差がひどくても、あまり格差を感じない。

ゲーム内の通貨をたくさん持っているような感覚。旅行だったら、すべて仮想現実上で楽しめ、良いところに住みたければ、現実は六畳一間のアパートでも、VR上では高級マンションみたいなところに住める。

 

要は、仮想だろうが、現実だろうが、自分の脳が満足すればいい。

自分としてもそういう世界になるように少しでも力になりたい。

未来に生まれる人が非常にうらやましい。AIが人間に反逆して、奴隷化されない限り。